宮崎駿「東京なんか生活していたら、映画なんて作れない。」
1965年、ある保健機関がロンドン南部のある地域に住む10万人を対象に精神分裂病やうつ病などを含む、人間の精神的な状況を調べたところ、精神分裂病だと特定された人は11%でした。しかし、約30年後の1997年には、その数字は倍以上の23%に増加していたと言います。
実際、1950年には世界の約30%ほどの人々が都市に住んでいましたが、現在では約50%の人が都市に住んでおり、国連の調査によれば、2050年には仕事や新しいチャンスを求めて、世界人口の約70%の人が都市に住むだろうと予想されています。
近年、世界中の人達の死や悲しみの原因になっている様々な病気や精神病は、私たちが自然界の設計を無視して生活してきた代償であり、人間は自然から離れれば離れるほど、不幸になっていくと言います。(1)
2050年には世界の70%の人が都市に住むようになる
都会での生活が脳や体に与える悪影響を挙げればきりがありませんが、過去のリサーチでは、都会に住む人はそうでない人に比べて、不安障害になるリスクは21%高く、気分障害になるリスクは39%も高いという調査結果が出ています。
また、2011年のイギリスの科学誌「ネイチャー」に発表された論文でも、都会に暮らす人間は、農村で暮らす人間よりも、「恐怖・攻撃性」といった脳内箇所が活発になっているということが明らかになりました。
夜遅くまで灯される明かりは人間の体内時計を混乱させ、さらに自動車など交通の騒音、雑踏に囲まれた日常が脳や身体が緊張させることで、不眠症や炎症性疾患、糖尿病、癌になる可能性を高めていくと言います。
24時間照りつけるライトと鳴り響く雑音、体は相当なダメージを受けている
もともと人間は、数百万年続いていた狩猟菜取時代には、ずっと自然の中で暮らし、約1万年前に農業が始まったことで、そのころから人類の室内生活が始まったことになります。
東京大学の池谷裕二教授によれば、人間の脳の歴史を1年に換算すると、364日は自然の中で暮らし、今のように狩りをやめて室内に入った生活は大晦日だけということになるため、現代のような便利な暮らしには、脳がまだ上手く適合できていないのだそうです。
また、イギリスの科学誌「ネイチャー」に掲載された都会と田舎のネズミなどの小動物の頭蓋骨を調べた研究では、都会で暮らしていた動物の脳は、田舎暮らしの動物の脳よりも大きいことが判明しました。これは都会暮らしの動物の脳が何世代にも渡り、大きくなり続けているのではなく、むしろ次の世代に進むにつれて、都会で暮らしていた動物の脳の大きさは、どんどん小さくなっていると言います。
この研究によれば、逆に田舎暮らしの動物の脳は世代が進むにつれて大きくなっていたそうで、これは都会暮らしのネズミの脳の拡大が、都会の生活に慣れた時点でストップしていた可能性を示しており、都会と田舎の生活では脳の発達の仕方が大きく違うことがわかります。
人類の歴史から考えれば、室内で生活し始めたのは昨日のようなもの
東京に住んでいる人はよくわかると思いますが、都会の生活には変化がなく、いつもエアコンで部屋の温度は同じ、風は一切なく、そして明るさも常に一定、これでは従来人間に備わっている体の機能がどんどんおかしくなってしまいます。
東京大学名誉教授の養老孟司さんはすべての企業人が、1年の12ヶ月を会社に通って必死に働かなければならないほど、現在の日本は困っていないとして、都会に住む人と田舎に住む人は、定期的に参勤交代すべきだとして次のように述べています。(2) (3)
「もともと九割ぐらいが農民の子孫なんですから。農民の遺伝子をもっている人々を都会のビルに押し込んで、働かせていることのほうがどこかおかしいんです。」
毎日ビルの中で仕事していること自体がおかしい
欧米では、「自然欠乏症候群」という言葉が生まれ、子供たちが集中できなかったり、すぐキレたり、友達が作れなかったりするのは、自然の中でしっかりと遊んでいないからだと言われています。
さらに、カナダの生物学者、デヴィッド・スズキ氏によれば、カナダの子供は平均一日に8分しか外で遊ばないのに対して、テレビやゲームの画面を見ている時間は6時間にも及ぶと述べていますが、これは社内で意思疎通ができなかったり、パソコンの画面とにらめっこしている経営者やビジネスマンも同じことなのでしょう。(4)
街ではスマートフォンを片手にメールをチェックしたり、音楽を聴いたりして、周りの人や自分自身ともつながっていない人だらけで、ジャーナリストのウェイン・カーティスはこのような人たちを、「手の中の小型スクリーンを見つめてゾンビ歩きをするデジタルな死人」と表現しました。
さらにワシントン大学が行った調査では、歩行者の3人に1人がメールや音楽を見たり聴きながら交差点を横断しているため、注意力が低下しおり、当然ながらメールをしながら歩くと、道路横断にかかる時間は20%増加し、目的地に着く時間は平均で33%も遅くなると言います。(5)
ゾンビ歩きをするデジタルな死人
ジブリシリーズなどで知られる宮崎駿さんは、もう20年以上前のインタビューで東京の状況について次のように述べています。(6)
「ナチスの軍隊の中にいてね、どんなに人間的になろうと努力するったって ─ ─ そのナチスの軍隊に入らなくてもいいんだったら、さっさと抜けろっていうことがいくらでもあるわけでしょう!僕は、今東京の状況っていうのは、そういう状況だと思うんですよ。」
「さっさと抜けろっていう状況であってね。そこに留まるなら、自分の愚かさを耐え忍べっていうね! (中略) だから、例えば、現代を切り口にした映画を作れっていう人の発言を聞いてるとね、なんかそれを観に行ったら励まされて、“俺は東京で生きていくぞ!” って思うようなものを言いますけどね、こんな東京の中で生きてると、そんな映画なんか作れっこないじゃないですか! いや、作りたくもないですよ! うんと嘘を重ねてね、 作ることはできるかもしれませんけども。僕はそんな映画を作りたいとは全然思わないですね!」
宮崎駿「都会で暮らしていたら映画なんて作れない。」
ピカソも都会での生活に嫌気がさしてパリを後にしました。日本で行われた研究でも森を歩いたビジネスマンは、体に悪影響を及ぼす物質を退治するナチュラルキラー細胞が40%増加し、1ヶ月後の追加調査でも、依然として基準値よりも15%高い数値を保っていたことがわかっています。(7)
また、トロント大学のマーク・バーマン氏の研究で、森林浴をすると認知テストの成績が20%も上がったり、その他の調査でも、自然と触れ合うことが心身の健康をもたらすことは、コルチゾール値、心拍数、そして血圧といった客観的指数によって効果が証明されています。(8)
ピカソも都会の生活に嫌気がさし、パリを去った
自然と触れ合うことは、劇的に変化し続けるライフスタイルに十分適用できない脳を、野生で暮らしていた時の本来の人間の環境に戻してあげる作業とも言えますが、アメリカでは自閉症の子どもを1ヶ月キャンプに行かせたら、自閉症が治ったという話もあります。(9)
アップルも企業見学に来ると言われるアウトドアブランドの「スノーピーク」の従業員は自宅に帰らず、会社のキャンパス内でテントを張って、そのまま翌日出勤したり、年間を通じてアウトドアで20〜30泊する人たちも大勢いると言います。また、小説家の村上春樹氏も自然の大切さについて次のように述べています。(10) (11)
「僕は思うのだけれど、たくさんの水を日常的に目にするというのは、 人間にとってあるいは大事な意味を持つ行為なのではないだろうか。 まあ“人間にとって”というのは、いささかオーヴァーかもしれないが、 でも少なくとも僕にとってはかなり大事なことであるような気がする。 僕はしばらくのあいだ水を見ないでいると、自分が何かをちょっとずつ失い続けているような気持ちになってくる。」
村上春樹「水を日常的に見ることは、人間にとってすごく大切なこと。」
東京に住んでいるとあまり実感は湧きませんが、世界最大の都市はロンドンでもニューヨークでもなく、3,300万人の人が住む東京です。その「東京」は、20世紀後半から古いものや自然をどんどん壊して、不動産、交通、そして流通などすべてのことにおいて、徹底的に効率を追求してきた街でした。
「竜馬がゆく」などで知られる司馬遼太郎は、「今の日本人の大多数が合意すべき何かがあるはずで、不用意な拡張や破壊を止めて、自然を美しいものとする優しい日本に戻れば、この国に明日はある」という言葉を残しましたが、新しいビジネスを始めるにしても、会社経営を考え直すのだとしても、まずは一度この東京を離れ、日本人、そして人間の原点でもある自然の中で、自分自身を見つめ直す必要があります。
東京は世界で一番、徹底的に効率化された街
ハーバード大学医学大学院の研究でも、心身の消耗を感じている企業最高幹部の割合は96%に達し、ドイツ政府によれば、燃え尽きによって失われる経済コストは、年間最大で100億ユーロに達すると伝えてられています。(12)
常時接続の都会生活から「ログアウト」し、自分自身にもう一度「ログイン」するためのキーワードは、「一度物理的に東京を離れる」というところにあるのではないでしょうか。
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