- 2016-4-28
- コラム
大金よりも名誉をとる世界一貧しい大統領。人が亡くなるのは息を引き取った時ではなく「忘れられたとき」
100年ほど前の世界には、しっかりと自分の価値観に従って、物事を考えることができる政治家が数多くいたと言われています。しかし、現代の政治は少しでも世の中を良くしようという政治哲学から離れ、政治家の私利私欲を満たすだけの場所になってしまっていることは、多くの人が薄々感じている事実でもあります。
アメリカの国会議員たちが所有する資産の中央値は、約1億2,000万円だと言われています。それに引き換え、世界一貧しい大統領として知られるウルグアイのホセ・ムヒカ元大統領の資産は、2010年の確定申告の時点で、愛車分のわずか約22万円、2012年に妻の資産である家と土地が加わり約2,600万円にまで達しましたが、それでも前大統領の3分の1ほどの資産しかありません。(1)
資産は古いフォルクスワーゲン一台で、大統領時の給料は10万だけもらって残りはすべて寄付
ムヒカ氏が世界の代表が集まるリオ会議で語った、「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」というスピーチはあまりにも有名ですが、これは途上国のいち政治家としてのキレイごとではなく、ゲリラ活動で刑務所に13年間服役し、孤独状態の中でムヒカ氏が考えに考え抜いた一つの真っ直ぐな哲学でした。
軍事政権側から「お前の頭をおかしくしてやる」と宣告され、服役中の最初の7年間は、本に触れることも許されず、自分が叫び出すことを防ぐために、自分の口に石を詰めなければならないほど、精神的にもギリギリのところまで追い詰められたそうで、後に次のように述べています。(2)
「私は、獄中での孤立無援の状態を経験したからこそ、わずかなものしか持っていなくても幸せになれることを学んだ。」
本当の孤独を経験したからこそ、今がある
その後、ムヒカ氏は南米ではキューバのラウル・カストロ、ニカラグアのダニエル・オルテガに続く、3人目の元ゲリラ戦士の大統領として活躍し、豪華な大統領官邸には決して住まず、平均的なウルグアイ人と同等の所得で質素に暮らしながら、自らの哲学を糧に、新しいことをどんどん実行に移していきます。
政治家に関わらず、リーダーとして成功する人には、「人の話をよく聞く」という素晴らしい長所があることが挙げられますが、ムヒカ氏が実行し、国際レベルで爆発的な関心を呼んだ世界初の大麻の合法化も、もともとはムヒカ氏にとって特に関心が強い内容ではありませんでした。
豪華な大統領官邸に42人のスタッフを雇うぐらいなら、学校のためにお金を使いたい
しかし、関係者に話を聞き続けると、どれほど麻薬密売者が法律を犯し、社会のあらゆるものを破壊しようとしているかを理解し始め、大麻の密売を無くせば麻薬組織の資金源が絶たれ、犯罪が減るほか、麻薬の乱用による若者の犯罪も防止できると主張し、政府の管理下で大麻の流通を認めました。
また、世界で莫大に増え続ける軍事費については、格差解消や地球温暖化対策などに使うべきだと主張し、北朝鮮に関しては、「ミサイルに使う金で、じゃがいもを植えればどれだけ国民が喜ぶかを真剣に考えるべきだ」として次のように述べています。
「金が好きな人は商売をすればいい。政治家にはなってはいけない。商売と政治を結びつけてはいけない。政治家が求めるのはお金ではなく名誉である。」
政治家が求めるのはお金ではなく名誉
ビジネスにおいても、昔のように食べていくのがやっとだった人たちが、世の中の圧倒的多数を占めていた時代であれば話は別ですが、現代のように経済的に豊かになり、社会福祉もある程度整った世の中では、お金よりも名誉を重要視する人たちが増えてきており、かのスティーブ・ジョブズも「お金が目当てで会社を始めて、成功させた人は見たことがない。」と名言しています。 (3)
お金が目当てで、成功した人は見たことがない
歴史家のニール・ハウとウィリアム・ハウによれば、時代の変換のサイクルはおおよそ70年周期で起きており、日本の歴史を振り返っても寛政の改革(1787年)、明治維新(1868年)、そして終戦(1945年)と、大体70年という期間を目処に歴史が大きく動いています。
ここで重要なのは、大きな時代の変化が起こる時は、前の時代の英雄が悪者となり、出世街道にいた人たちが職を失って、今まで魅力的だと思われていた職業が、急に輝きを失うという現象が起きるということです。
例えば、明治維新前の親であれば、子供を立派な武士にするために様々な努力をし、戦前の陸軍大将は多くの子供の憧れでしたが、武士は歴史の転換点で身分を失い、陸軍大将は戦後の裁判で極悪人としてのレッテルを貼られてしまいました。(4)
歴史の転換点で前の時代のヒーローが急に輝きを失う
そして、戦後から70年を迎えた2015年、この新しい時代の転換期に武士や軍人と同じように輝きを失う人たちは、「お金=成功」という単純な図式で今まで活躍してきたビジネスマンや実業家の人たちだと、自分自身もその分野に当てはまっていた経営コンサルタントの神田昌典氏は述べており、実際、神田氏自身はそのことに気づいた2004年、中小企業約4,000社を擁する経営者倶楽部を休会することを発表しています。(5)
確かに、ライブドア・ショックや村上ファンドなどから始まり、最近でも様々な企業の不正が発覚するなど、新しい時代へのシフトが着々と進んでいます。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校のジャレド・ダイアモンド教授が1万年以上前の人類の歴史に存在した様々な文明を分析したところ、歴史が大きなターニングポイントに差し掛かった時、生き残れるかどうかの命運を分けるのは、「引き継ぐべき価値観」と「捨てるべき価値観」を見極められたかどうかの違いであったという研究結果を出しているのも非常に興味深いところです。
2015年に輝きを失うのは、「成功=お金」という単純な図式で生きてきた経営者の人たち
「お金よりも名誉を求める」、こんなことを周りに面と向かって話せば、「何をまたカッコつけて」と言われるかもしれません。
しかし、ほんの少し前の日本では、お金よりも名誉を取ることは当たり前のことで、武士の世界では、名誉に反し自分の名を汚すことは、自分だけではなく、子孫の代まで語り継がれる恥であると考えられていたため、名誉に反する行為は、腹を切って世間にわびなければならないほど重大なことでした。
ムヒカ氏はひと目で大統領専用車だとわかる車にすら乗ることを拒みましたが、50年以上に渡り対立を続けてきた米国とキューバの国交回復の中心的な役割を果たすなど、人々に感謝され、自分にとって名誉だと感じられることは、次々と行動に移していきます。
人々に感謝され、自分にとって名誉だと感じられること
そんなムヒカ氏は、日本人に対して次のように語りかけます。
「やってることを楽しんでいれば幸せ。それが労働でなはなく、それが幸せだからです。働くことは必要、それが好きなことなら精一杯やればよい。ひとつ忘れて欲しくないこと。必ず“何か”を残しなさい。残す。無駄をやめて“何か”を残す。何か少し価値のあるものを残す。必ず残す。」
「誰もが働かなくてはいけない。働くことは必要である。必ず何かを残しなさい。無駄をやめて何かを残す。それが社会のためになり周りの幸せにつながる。何か少し価値のあるものを必ず残す。周りも幸せでないといけない。金だけじゃない。愛情や生きる喜びがある。」
これは恐らく、ビジネスの世界も同じことで、お金の成果主義ではなく、「名誉の成果主義」という概念があっても良いのではないでしょうか。臨床心理学者のフレデリック・ハーズバーグはお金は前向きなモチベーションをもたらす「動機づけ要因」ではなく、不足すると不満につながる「衛生要因」に分類していますが、給料などの収入はすぐそれが当たり前になってしまい、基本的にモチベーションは長続きすることはないようです。
必ず“何か”を残しなさい。分かりましたか? 必ず残すのです。
世の中の大半の人々はより多くのお金を得るために、長い時間を労働に費やし、得たお金で自分にとって大して重要ではないもの購入し、世界の寿命をどんどん縮めています。
ムヒカ氏は自己崩壊しつつある世界に対し、1秒たりとも立ち止まって考えない人たちに向けて不満を漏らし、彼を有名にしたリオ会議のスピーチを聞いて感動したという人たちに向けて次のように述べました。(5)
「皆私のリオでのスピーチに感動したと言うが、あそこで言ったことは悲観的な内容なんだぞ!」
「ランプを百年使い続けられるのならば、どんなものでももっと耐久性を持たせることができるはずだ。いや、何も洞窟時代に戻るべきだと言っているのではない。企業の利益にも意味を持たせることが大切なんだ。」
次の世代に“何か”を残し、それを企業の利益と直結させる
名誉とお金、ビジネスをする人にとっては、ほぼイコールの関係なのかもしれません。しかし、当たり前のことかもしれませんが、たかが金持ちなど、その本人が死んでしまえば、すぐ忘れられてしまいます。
そう言った意味で、人が本当に死ぬ時というのは、息を引きとった時ではなく、「人々に忘れられた時」なのかもしれません。
だからムヒカ氏は「必ず“何か”を残しなさい」と繰り返し言っているのでしょう。ずっと、ずっと忘れられないために。
~人が生きる奇蹟の組織創造を目指して~ 株式会社ワールドユーアカデミー
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