- 2016-3-21
- コラム
ハリー・ポッターの著者「この物語のアイデアは急に降ってきたんです。それも完璧な姿で。」
ソーシャルメディア・サイト、リンクトインの調査によれば、2011年末までに利用者が自分自身を表現するために最も頻繁に使用した単語は、「クリエイティブ」だったそうですが、旧来の技能はアウトソーシングや機械による自動化が可能なのに対し、クリエイティブな仕事というのはそれが難しく、仕事がどんどん失われていく時代においても、高いニーズと価値が認められています。(1)
トイ・ストーリーやファインディング・ニモなど様々な名作を生み出し、2006年にディズニーの子会社となったアメリカの映像制作会社ピクサーは、2時間半の映画のほんの数秒間しか映らない宇宙船をデザインするために何週間もかけ、専門の数学者が数式を利用してアニメ・キャラクターに生命を吹き込んでいますが、どんなに途上国の経済が発展しようとも、ピクサーのような才能と創造性に溢れる企業が、中国に移転する日を想像することはできません。(2)
数秒間しか映らない宇宙船をデザインするために、何週間もかける
ピクサーはアップルの共同設立者であるスティーブ・ジョブズによって本格的にスタートし、現在では「クリエイティビティ」の象徴とまで言われる企業になりましたが、当初はシリコンバレーのみにくいアヒルの子として知られ、毎年毎年、多額の赤字を生み出し、1990年には、単年だけで純営業損失は830万ドル、翌年1991年には、社長を含む従業員30名を解雇しなければならなくなり、赤字が積み上がっていくことに嫌気がさしたジョブズは、ピクサーをマイクロソフトやオラクルなどの企業に売却することも検討していました(3)
シリコンバレーのみにくいアヒルの子:ピクサー「増えていく赤字、解雇しなければならない社員」
しかし、1995年に「トイ・ストーリー」が公開直後に全米興行成績で初登場一位に躍り出ると、勢いづいたピクサーはもの凄いスピードで成長していきますが、そもそも創造性とは短距離走ではなく、マラソンに近いものであり、ピクサーの成功物語は“知性”の偉業ではなく、“意志”として多くのクリエイターの間で語り継がれています。
クリエイティビティの世界では、第一の原則として、「物語が一番偉い(Story is King)」という考え方がありますが、まだ世の中にないモノを生み出す企業の経営者は、「目標は緩く、意志は固く」の概念を大切にしていく必要があり、会社のビジョンや信念を曲げない限り、目標に応じて変更し、まず売上や利益よりも、「新しいものを守る企業文化」の確立を優先させていかなければなりません。(4)
「目標は緩く、意志は固く」
マッキンゼーの最近の調査によれば、アメリカ国内で新しく創出された雇用の70%近くは明確なマニュアルがなく、自ら問題を解決することが求められる仕事であり、従来、多くの企業では「スーツ・タイプ」と「クリエイティブ・タイプ」がはっきり分かれ、画期的な考えが浮かばなくても、「私はクリエイティブなタイプではないので」と言って責任逃れをすることができました。(5)
しかし、IBMが60ヶ国、33の産業にわたり、1,500人以上のCEOにインタビューをするという大規模な調査を行なったところ、多くのCEOが今後のビジネスにおいて、厳格さや規律よりも創造性が大切だと考えており、またこの調査では、創造性に対して「将来に備えて十分な準備をしている」と答えたのは、世界のCEOの半数以下であることも明らかになりました。(6)
「私はクリエイティブなタイプではないので」などといつまで言い訳ができるだろうか (リンク)
組織論を専門とする作家、オリ・ブラフマン氏によれば、前例のない革新的なアイデアというのは、もの凄い時間をかけて努力した後に、のんびりと自然の中でリラックスしたり、散歩したりして、積極的に脳の中に「余白」を作ることで、無意識のうちに頭の中に湧いてくるものだと言いますが、ハリポッターの著者、J・K・ローリングは、1990年の夏にマンチェスターからロンドンに向かう4時間遅れた列車の中で、ハリー・ポッターのアイデアを思いついた時のことを次のように述べています。(7)
「そのアイデアは、どこからやって来たのか見当もつきません。でも、とにかくやって来たのです……完璧な姿で。列車の中で、突然、基本的な構想が頭に浮かびました。本当の自分をまだ知らない男の子が、魔法使いの学校に通う……。ハリーにはじまり、次にはすべての登場人物と場面が、一気に頭の中に流れ込んできたのです。」
ある時、当然浮かんできました、それも完璧な姿で。
J・K・ローリングは6歳の時から物語を書き、頭の中に山ほどの「仕込み」を行なっており、その最後に必要だったのが、リラックスして、頭の中に「余白」を作ることだったのは、恐らく間違いありません。
また、アインシュタインは学生の頃、忙しく研究に熱中する友人を尻目に、ただ呆然と、アルプスのアッペンツェル地方の美しい山道を歩き回っており、アインシュタインも様々な知識を頭に入れた後で、J・K・ローリングと同じように頭の中に余白を作り、最後の「仕上げ」をしていたのではないでしょうか。
仕事で最大限の努力をしたら、あとはリラックスして、頭の中に「余白」を作る。
まだ、世の中に存在しないものを生み出すクリエイティブな仕事をしていたり、最後の仕上げのために、大自然の中で、ただ「ぼーっと」しているだけでは、自分が正しいことをしているのか不安になることも多いですが、創造性というのはきちんとしたプロセスを踏めば持続的に生み出せるものであり、ピクサーの現CEOであるエド・キャットムルは、とにかく「プロセス」を信じることが大事だとして次のように述べています。(8)
「私がとくに重視しているのが、不確実性や不安定性、率直さの欠如、そして目に見えないものに対処するメカニズムだ。私は、自分にはわからないことがあることを認め、そのための余白を持っているマネジャーこそ優れたマネジャーだと思っている。」
「それは、謙虚さが美徳だからというだけでなく、そうした認識を持たない限り、本当にはっとするようなブレークスルーは起きないからだ。マネジャーは、手綱を引き締めるのではなく、緩めなければいけないと思う。リスクを受け入れ、部下を信頼し、彼らが仕事をしやすいように障害物を取り除く。」
しっかりとしたプロセスを踏めば、創造性は確実に生み出せる。
ディズニーの創設者であるウォルト・ディズニーは、自分に芸術や絵の才能があるとは思っておらず、自分の仕事はハチのように、スタジオのあちこちを飛び回っては、花粉を集めたり、みんなに刺激を与えることだと述べていましたし、「ワーク・シフト」の著者であり、ロンドンビジネススクール教授のリンダ・グラットン氏が、2025年に企業の指導的立場に就く学生達を対象に行なった調査では、上司に細かく指図され、厳しく管理されることへの抵抗感をしきにり口にしたと言います。(9)
実際、大きなイノベーションを起こし続けている3Mやグーグルには、業務時間内の15〜20%は会社の仕事以外のことをしてもよいというルールがあり、元グーグルの社員で現在はヤフーCEOであるマリッサ・メイヤーは、「グーグルの新製品の約半数がこの20パーセントの時間から生まれてきたものだろう」と語っています。
若者が一番嫌うのは、上司に細かく管理されること。
心理学者のジークムント・フロイトは、「子どものきらきら輝く知性と平均的な大人の衰退した知性との間には、悲しいほどの違いがある」と嘆いていますが、アインシュタインも自分がどうして相対性理論を発見する人物になれたのかについて、次のように説明しています。(10)
「その理由は、普通の大人は空間や時間の問題について立ち止まって考えたりしないからだ。そんなことをすれば子どもだと見なされてしまう。しかし、私の知的発育は遅れていた。その結果すでに大人になっているにもかかわらず、時間と空間のことしか思い巡らしてはいなかった。当然、大人だから、普通の能力を持つ子どもより問題に深く分け入ることができた。」
大人と子供の知性には悲しいほど差がある。
もちろん、航空業界や医療業界のように絶対にミスが許されないような仕事は多くありますが、それはすべての業種が目指すことではなく、むしろ、クリエイティブな仕事に関しては、それが逆効果になってしまうことがほとんどです。
クリエイティブな仕事をすると幸福度が増すことは、様々なリサーチで証明されており、アマゾンに800億円で買収されたカスタマー・サービスを主軸とするザッポスCEOのトニー・シェイもこれまでの人生を振り返り、自分が幸せだと感じた時、実は一切お金を使っておらず、何かを作っている時やクリエイティブで独創的な時が一番幸せだったと自身の本の中で述べています。(11)
クリエイティビティで稼いだお金を使う時ではなく、「クリエイティブ」でいる時が実は一番幸せ。
MBAを持った経営のプロ達や当時のシリコンバレーの基準からしても、お金よりも研究や面白いものを作ることに興味を持っていたピクサーの社員は異常でした。
とにかく効率性が求められた20世紀は、コーヒーを飲みながら夜遅くまで忙しく働いていることがかっこ良く思われる時代でしたが、効率性が求められる仕事がどんどん途上国にシフトし、創造性が求められる21世紀では、アインシュタインや、J・K・ローリングのように海や山を見ながら「ぼーっと」している方がかっこ良く思われる時代なのかもしれません。
~人が生きる奇蹟の組織創造を目指して~ 株式会社ワールドユーアカデミー
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