1998年、グーグル創業時の別のミッション「世界でいちばん健康で幸福、かつ生産的な組織になる。」

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現在、私たちの暮らしは、ひと昔前に比べて格段にレベルが上がり、情報技術やインフラが発達して、いつ、どこにいても、リアルタイムでコミュニケーションが取れるようになりましたが、その一方で、どんな仕事をしていても、スピードや高度な情報処理能力、そしてコミュニケーション能力が要求されるようになり、さらに欧米から世界に輸出されている「もっと働け、もっと稼げ」という職文化はストレスや心身の消耗を燃料に機能しているようなもので、アメリカの調査によれば、過去30年でストレスのレベルは女性で18%、男性では25%も上がっていると言われています。(1) (2)

iStock_000032407958_Large便利になり過ぎて、30年でストレスは20%近く増加

世界保健機関(WHO)の調査によれば、アメリカの産業がストレスによって被る損害額は毎年30兆円以上で、ドイツでも心身のエネルギーの燃え尽きによって失われる年間最大コストは、1兆2000億円にのぼるとも言われていますが、ハーバード・ビジネススクールの調査でも、アメリカの経営者は、生産性の低下、病欠、そして常習的欠勤などによって、彼らが払っている医療費の2倍から3倍の間接的な費用を失っていると報告しています。(3)

また、コンサルティング会社、タワーズ・ワトソンによる大企業300社の調査では、世界金融危機以降、どんどん仕事のプレッシャーが強くなり、仕事とプライベートの境界線がなくなったことで、60%以上の人が以前よりも働く時間が長くなったと感じており、ギャラップの調査では、アメリカ全体で熱意を持って仕事に打ち込んでいる人の割合は、たった13%にまで下がっており、ここから生まれる損益は年間で50兆円を超えるという報告もあります。

iStock_000084880309_Large経営者にとって、従業員のストレスは大きな損益である

クリエイティブな仕事や、まだ世の中に存在しないモノを求められるシリコンバレーの企業が、従業員の健康や幸福度に気を使って瞑想を社内で行っていることはよく聞く話ですが、最近では、従来のそのような概念から無縁だと思われていたマッキンゼーやゴールドマン・サックスまでもが、マインドフルネスや瞑想の概念に重点を置いており、脳と感情に関する研究の第一人者である、リチャード・デビッドソン博士は、「瞑想は“やったほうがいいこと”ではなく、もはや“るべきこと”」であると言い切っています。(4)

特にグーグルは働く従業員のウェル・ビーイング(身体的、精神的、社会的健康な状態)と組織の発展の両立に一切の妥協がなく、またこれはあまり知られていないことですが、グーグルは1998年に創業した時、「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできるようにすること」というミッションとは別に、もう一つ偉大なミッションを掲げており、それは次のようなものでした。(5)

「世界でいちばん健康で幸福、かつ生産的な組織になる。」

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グーグルのもう一つのミッション「世界でいちばん健康で幸福、かつ生産的な組織になる。」

そんな従業員の健康に一切の妥協を許さないグーグル内で、一番人気がある“Search Inside Yourself(自身の中を検索しろ!)”というマインドフルネス実践プログラムは、2007年のスタート以来応募者が絶えず、2015年現在、約5,000人の社員が自主的に瞑想を行うようになってきていると言います。

マインドフルネスとは、ひと言で言うと、私たちの頭の中に生じるさまざまな考えを、それに心動かされることなく観察する力のことを指し、別の言い方をすれば、過去や未来、そして他の業務などにとらわれず、「完全に現在に存在して」、目の前のことに集中する力のことを言います。

iStock_000082579715_Largeメール、SNS、過去、そして未来すべてをリセットして、どれだけ“現在”に集中できるか

前述のリチャード・デビッドソン博士は、ダライ・ラマ14世の紹介で、1万時間以上の瞑想経験のあるチベット僧の脳がどうなっているかを調査したところ、瞑想経験者は、特定の脳の機能がより活性化し、かつ特定の部分の皮質の厚みも増しているという科学的根拠が見つかり、スタンフォード大学のケリー・マクゴニカル氏の実験でも、瞑想の練習が人間の苦痛を軽減させることが証明されており、瞑想経験がある人と、そうでない人のふくらはぎに熱源を縛りつけたところ、瞑想経験がある人の方が、長時間痛みに耐えることができたと言います。(6) (7)

iStock_000060260766_Large少しずつリンクする科学と瞑想の関係

またデビッドソン博士の実験で、瞑想は幸福度を大きく向上させることも分かっており、瞑想はジムでバーベルを上げて筋肉を鍛えるように、心の筋肉を強化し、マインドフルネスを実践することで集中力と意識を安定させることができますが、グーグルはこれを「脳のOSを最適化すること」だと表現しています。

優れたアイデアは「幸せ」から生まれると言いますが、マインドフルネスを通じたビジネス上の幸せとは、「いつも笑顔いっぱい、感動いっぱい」という抽象的なものではなく、忙しい時も、調子が乗らない時も、穏やかな状態を保てることが、科学的な意味でのポジティビティであり、ハーバード大学の博士過程の学生、マシュー・キリングスワースが2010年に「サイエンス」に発表した論文によれば、心がさまよっているときは、人々の幸福度は明らかに低くなると言います。(8)

iStock_000007986352_Large脳のOSを最適化させる

マインドフルネスを極め、思考と感情が現れては消える様子を観察できるようになると、周りも自分と同じように大小の不安や心配を抱えていることが理解できるようになっていきますが、グーグルでは従業員がマインドフルネスを実践したことで、自己認識力や自己制御の力、そして他人を気遣う気持ちが自然と生まれ、グーグルの文化の良い部分がどんどん強化されていったと言います。

アメリカで「最も働きがいのある企業」の上位に常にランクインする、ザッポスというオンラインストアを運営する企業のCEOがかつて、こんなことを述べていました。(9)

「個人にとっては、個性がすべてなら、組織にとっては、文化がすべて。」

iStock_000059466568_Largeマインドフルネスで、企業文化がどんどん強化されていく

長期的に考えれば、従業員の健康と企業収益の健全性には深い関係があり、この2つを分けて考えれば、従業員個人も企業全体も大きな代償を払うことになりますが、アメリカ製薬・医療機器の大手、ジョンソン・エンド・ジョンソンは、従業員の幸福に1ドル投資することが長期的に4ドルの利益を生み出すとしています。

ウォーリック大学の最近の調査によれば、幸福度が高い従業員は通常の人たちに比べて、生産性が12%高く、幸福度が低い従業員は普通の人たちに比べて、生産性が10%も低いという結果が出ており、グーグルは様々なプログラムを通じて、従業員の満足度を37%上げ、金銭的なインセンティブだけでは、生産性を上げるのは十分ではないと述べています。

iStock_000022880464_Large従業員の幸福に1ドル投資することが、4ドルの利益を生み出す

ビジネスマンがマインドフルネスの重要性を理解していても、実行に移せない一番の理由は、「忙しいから」というのが大半ですが、シリコンバレーで最も忙しいCEOとも言われる、リンクトインのジェフ・ウェイナー氏でさえ、毎日30分〜90分は「Nothing」という予定を必ず入れており、「Nothing」の時間こそがビジネスリーダーに絶対に必要なスペースだと断言しています。

サンフランシスコのアドビのオフィスでは、マインドフルネス=生産性の向上だと考えられていて、コーヒーで無理やりやる気を取り戻すのではなく、豊かで長続きする集中力とエネルギーを引き出す方法だと述べていますが、アメリカではもともと「社員のパフォーマンス向上に効果があるものであれば、なんでも積極的に取り入れよう」という文化があり、インテル、ツイッター、ナイキ、フェイスブック、そしてアメリカ海軍など様々な組織でマインドフルネスが導入されています

iStock_000033378862_Largeコーヒーやお金でやる気を促進しなくても、もっと効果的に長続きする方法がある

山登りと比較すれば分かりやすいですが、頂上を目指すためには、ただまっすぐ登っていくのではなく、時には上に進む道を探して「下がらなければならない」こともあり、経営も同じように結果を出し続けるためには、あえて立ち止まって考えることも大切なのは言うまでもありません。

グーグルなどのように、本当の意味で長期的な視点で経営を考えている企業は、決して社員をもっと働かせてパフォーマンスを最大化させるというような短期的な視点で物事を考えません。

真の意味で、一人ひとりの社員たちが、“よりよく生きる”ことで創造性が解き放たれ、それによって、“持続可能性の高い組織”を作っていく、このような考えを持っているからこそ、イノベーションをどんどん起こしていけるのだと思いますが、もしかするとグーグルが起こした本当のイノベーションは、「世の中の情報を整理したこと」ではなく、彼らの別のミッションであった「世界でいちばん健康で幸福、かつ生産的な組織になる。」という新しい経営方法の発明だったのかもしれません。

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~人が生きる奇蹟の組織創造を目指して~ 株式会社ワールドユーアカデミー 

1.サンガ編集部「グーグルのマインドフルネス革命: グーグル社員5万人の”10人に1人”が実践する最先端のプラクティス」(サンガ、2015年) Kindle P113 2.アリアナ・ハフィントン「サード・メトリック しなやかにつかみとる持続可能な成功」(CCCメディアハウス、2014年) P166 3.デイヴィッド・ゲレス「マインドフル・ワーク 「瞑想の脳科学」があなたの働き方を変える」(NHK出版、2015年) Kindle P1581 4.荻野 淳也、木蔵シャフェ君子、吉田 典生「世界のトップエリートが実践する集中力の鍛え方 ハーバード、Google、Facebookが取りくむマインドフルネス入門」(日本能率協会マネジメントセンター、2015年) Kindle P1235 5.荻野 淳也、木蔵シャフェ君子、吉田 典生「世界のトップエリートが実践する集中力の鍛え方 ハーバード、Google、Facebookが取りくむマインドフルネス入門」(日本能率協会マネジメントセンター、2015年) Kindle P310 6..荻野 淳也、木蔵シャフェ君子、吉田 典生「世界のトップエリートが実践する集中力の鍛え方 ハーバード、Google、Facebookが取りくむマインドフルネス入門」Kindle P1153 7.エド・キャットムル「ピクサー流 創造するちから―小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法」(ダイヤモンド社、2014年) 8.デイヴィッド・ゲレス「マインドフル・ワーク 「瞑想の脳科学」があなたの働き方を変える」Kindle P2265 9.トニー・シェイ「顧客が熱狂するネット靴店 ザッポス伝説―アマゾンを震撼させたサービスはいかに生まれたか」(ダイヤモンド社、2010年)

別の記事を読む → http://blog.world-u.com/

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