携帯電話の向こうから「いただきます。」のある風景
携帯電話が使えなかったとしたら?
平成30年12月ちょっとしたニュースが放送されました。もしかしたらこの記事を読んでおられる方の中にも被害に遭われた方もいるかもしれません。
ソフトバンクモバイル・ソフトバンクテレコムの携帯が利用できなくなったのです
それは4時間半の間だったのですが、それでも社会に混乱を引き起こしました。
連絡を取ろうと公衆電話に殺到した人、地図や本で調べものを行った人など一昔前であれば当たり前だった光景が驚きをもって報道されたのです。
人々は携帯電話がいかに社会に浸透していたかを再確認し、対策として複数所有を勧める有識者の方がいたりしました。
連絡がつかない不安
渋谷ハチ公前広場では、ようやく待ち合わせで出会えた人々がその苦労を語っていましたが、誰もが携帯電話を持っていない時代では、外出している人に連絡を取るのは大変なことだったのです。
今や携帯電話ですぐに電話をすることもできますし、アプリの中には相手の居場所を教えてくれるものすらあります。
人々のコミュニケーション方法はすっかり様変わりし、企業経営においても、人々の気持ちの変化に対応する事が多くなりました。
このことでマイナス部分もあると警鐘をならしたのが『暴走老人』の著者、藤原智美氏です。
待つのは無駄な時間
藤原氏はその著書で携帯電話の普及は人が当たり前に持っていた「待つ」という概念を覆し「待つ」という心理が「待たされる」という気持ちに変化したとし、
それが暴走老人(すぐに切れて怒り出し、時には暴力を振るう年配者)を生み出した原因のひとつではないかとの疑問を呈しています。
今や待つこともエンターテインメントでなければならないようです。
例えばデズニーランドの行列のように…。
ワクワク感がないと待つは待たされるにすり替わってしまうのですから。
お支払いは携帯電話から
確かにインターネットの普及で例えば銀行窓口に足を運ばなくてもネットバイキングやモバイルバイキングで大抵の手続きは出来てしまいます。
ネット環境が苦手な人は電話を使ったテレフォンバイキングを利用する事だって出来る訳です。
面白いエピソードがあります。
テレフォンバンキングに「出金がしたい」というお客様からの電話があったというのです。
さすがにそれはできなくて「銀行窓口かATMに足をお運び下さい」と丁寧にお願いしたということでした。
しかし考えてみればそんな電話があるとうことは窓口に行かなくても「何でも出来る」と考えられてきている訳です。
子供だって忙しい
このように携帯電話のアプリから様々な予約も簡単に申し込めるので、人々は時間を有効に仕えるようになりました。
待つのが当たり前だった病院ですら、最近は予約診療も普及しましたし、その予約状況や待つ順番なども手軽に調べられるサービスを配信している所も増えてきています。
社会全体が暇な時間を排除する方向へと進んできました。効率が追及されるにつれ、いつの間にか「忙しい、忙しい」と言うのが口癖になってきてはいないでしょうか。
シチズン時計が、子供の時間感覚の調査を行なったことがあるのですが、なんと何もしない時間というのが20年間で102分も少なくなっていたと言うのです。
子供たちですら忙しく常に予定があり、ぼんやりと何もしない時間が減っていたのでした。
時間泥棒が活躍しているのかも?
ヒャエル・エンデの有名な児童文学『モモ』では時間泥棒が人々の大事な時間を盗んでしまいましたが、
現代社会では、何もしないのんびりとした時間が時間泥棒に盗まれているのかもしれません。
確かに現代社会の効率優先の在り方が、暴走老人やキレる若者達の遠因になっているのではないか?という藤原氏の主張は的を射ているのかもしれません。
稲はいのちの根っこ
このようなイライラ社会でもきちんとした食事をとることで切れる人々を減らせると提言しているのが早稲田大学人間科学部教授 前橋 昭博士です。
米国科学アカデミーに掲載された最後通牒ゲーム実験論文などでも同じようなことが言われています。
血糖値のコントロールや幸せホルモンといわれるトリプトファンの分泌、衝動抑制ホルモンであるセロトニンの生成に規則正しい食事が大きく関与しているからです。
「稲は命の根っこ」ということわざがありますが、生きていくためには食べなければなりません。そう思えば食事というのが根本だというのは当然でしょう。
アフリカ大陸が人類の故郷
人間が生まれたのはアフリカだったことが証明されていますが、アフリカで生まれた人類は食べ物を求めて世界へと広がっていきました。
人種が違うと言ってもそのようなものは皮膚の色の違いに過ぎず、住んでいる紫外線の量が関係しただけです。
北へいった人類は紫外線の量が少なかった為に肌の色が白くなった人だけが生き残こったのですし、私達日本人は丁度その中間に住んでいるので、黄色人種になりました。
「人類は、皆兄妹」というのは至言です。
こうして人類がアフリカから世界へと出て行くことになった大きな要因は、人が増えることで食糧が足りなくなったからです。
食料を求めて人類は未知の世界へ旅立ったのでした。
食べ物は公平に分ける
弱い動物である人間が生き延びた大きな理由のひとつは、食料をそのグループで公平に分け合ったからでした。
動物は自分の取った獲物を公平に分け合ったりはしません。
強いものがお腹いっぱい食べた残りを弱いものが食べることはしても、リーダーが全く平等に獲物を当分するなどということはあり得ません。
けれども人類は平等に獲物を分かちあうことで生き延びることができました。
リーダーだけがたっぷり食べていたり、獲物を分け合えなかったグループは自然消滅してしまったのです。
分け与えるとお腹はいっぱいになりませんが、自分で獲物が獲れなかった時でも食事にありつける訳です。
しかも平等に分配することで争いが起こりにくくなり、グループ存続の可能性がたかまります。
このように平等に食べ物を分け与えていた群れだけが生き残ったことで人類は一緒に食事をとることができる唯一の動物になりました。
普通に食べることが出来なくなることもある
拒食症や過食嘔吐などの摂食障害が問題になっていますが、このようにごく普通に食事をとることが出来なくなった人は、先ず他人との食事が困難になっていきます。
元々太ることを恐れて食べることが苦痛なのですが、摂食障害では食べた食糧を嘔吐することもありますし、食べたものを飲みこまないで吐き出すという方法をとることもある為です。
本来命を繋ぐはずの食事を食べる事が出来なくなり、命を危険にさらすこともあるのでその苦痛は大変なものでしょう。
人々は緩やかにつながっている。
長年摂食障害の患者を治療してきた磯野真穂博士は、食事というのは他者との繋がりや慣習を学ぶことで食べることが出来るようになるものだと言います。
確かにお茶碗にご飯をよそいお椀で味噌汁を飲む。
箸を使うのでも迷い箸や舐り箸はいけないことだと学んでいくには他人を見て真似していくほかはありません。
そうした様々慣習や様式は人との繋がり、磯野博士は紐帯といっていますが、他者との穏やかな関係性がなければ身に着けることが出来ないのです。
逆に人間関係が息苦しくなると他者との食事は苦痛になってしまいます。
便所飯という言葉が取りざたされたこともありますが、これも他者との関係が上手くとれないと一緒に食事をとることが困難になってくるという例でしょう。
釜の飯を食う仲間
しかし人類が生き延びたのは一緒に食事をとってきたからでした。
「釜の飯を食う」という言葉が、そのまま仲間を意味するように一緒にというのは大事なことです。
日本人の社交辞令の代表的なものに「今度一緒にご飯でも食べに行きましょうよ」というのがありますが、「仲良くしましょう」と伝えている訳です。
共に食事をすることは動物にはできないとても高度なコミュニケーション方法なので、同じグループであれば所作やマナーは同じな訳です。
国や地方ごとに様々な食事の作法がある訳ですから、共に食事をとることはそのコミュニティのルールを学ぶことでもあります。
またそのコミュニティに受け入れられた印でもあります。
一緒に食べると美味しい
このように食事というのが最も根本的なコミュニケーションであるならば、どんなに忙しいとしてもたまには家族で食卓を囲みたいものです。
独活(うど)の天ぷら 岩魚の干物 どじょう汁にたっぷり入ったごぼうの美味しいさ 春菊の胡麻和え クサヤをあぶって焼酎でもよし熱燗で1杯もおつなもの。
全ては命を頂くこと。
「いただきます」
の言葉が尊く思えます。
貴い命をいただく
毎夜遅く帰る夫が、ひとりレンジでチンのごはんを食べているのなら、たまには一緒に食卓に座って、一緒にお茶を飲む。
あるいは普段コミュニケーション取れない受験中の娘さんに父親がホットココアでも差し入れして、黙って一緒にココアをすする。
そんなシーンでは言葉は必要ありません。
いつの間にか同じタイミングでお茶をすすっているかもしれません。
それが安心につながり、心穏やかな時間を過ごすことが出来るでしょう。
先輩や上司が飲みに誘うのも、うっかりするとパワハラになりかねない現代社会ではありますが、たまには一緒に食事をすることで紐帯をゆるやかに結びたいものです。
日本人が本来持つ経営の心もこんなところから育ってくるように思います。
携帯電話の向こう側にゆったりとした食事を楽しむ家族や仲間の姿があれば、時間泥棒が盗むものはなくなってしまうかもしれません。
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参照:なぜふつうに食べられないのか? 磯野真穂
暴走老人 藤原朋美
和食ことわざ辞典 永山久夫
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