- 2016-12-13
- コラム
世界最古の会社は300年の時間軸で生きている。それでも、常に流されないでいることほど難しいものはない。
マイクロソフトのビル・ゲイツは「マイクロソフトの命は残り18ヶ月しかない」と毎日自分に言い聞かせており、中国の検索エンジン最大手バイドゥの創業者、李彦宏も従業員に対して「バイドゥがトップだと思うな、もしわれわれが30日仕事を休めばバイドゥは終わる」と繰り返し言っていたと言います。(1)
企業の株に投資したときの利回りを示すROE(株主資本利益率)などの数値で企業同士が比べられ競い合い、お互いを敵とみなすようになってしまったような結果、競合他社よりも早く大きくという意識が先行して我を置いてきているような企業が増えてしまったというのが現状で、エルメス本社副社長を務めた齋藤峰明氏は、「老舗の流儀 虎屋とエルメス」の中で次のように述べていました。(2)
「市場で大きなシェアを取らないと、他の企業に負けてしまうという危機感が、すべてに優先している気がしてならないのです。言い換えれば、シェア争いに負けないために大きくしたいということです。ぼくは、こういう状況を『前に逃げている』と表現しています。」
果敢に前に進んでいるように見えて、実のところは「前に逃げている。」
企業同士が意識的にお互いのシェアを奪い合っている今、企業の存続はますます難しくなっており、平均50年といわれていた企業の寿命はその半分にまで縮んでしまいましたが、日本には、そういった情勢のあおりを受けながら何代もかけて育まれてきた企業が多く存在しているのも事実です。
日本経済大学の後藤俊夫教授によると世界に存在している創立200年以上の会社の約45%は日本の企業であり、さらに、千年以上前に創業した会社も日本には7社存在していますが、中でも、「世界最古の会社」という株式会社金剛組とは、飛鳥時代に聖徳太子の命で四天王寺を建立して以来、1400年以上の歴史を持つ建設会社で、これまでに務めを終えた当主の数は39代に上ります。(3)
世界最古の企業は、世代交代を39回繰り返してきた。
平均的な企業の寿命を25年とすると、金剛組はすでにその五十倍を軽く超えるほどの長い歩みを経ているため、もちろん経験してきた経営難は一度や二度ではなく、特に、2005年に会社が倒産の危機に立たされたことは「世界最古の会社、倒産」という見出しで大きなニュースとなりました。
元来、社寺などの歴史的な文化遺産を手がけていた金剛組の場合、施工までの打ち合わせだけで10年かかることもあり、ひとつの仕事を300年やそれ以上の時間軸で考えてきましたが、コンクリート建設の需要が高まったバブル期以降、30年くらいの時間軸で「より早く、大きく」という仕事を得意とする大手の建設会社が競合となるようなコンクリートの一般建築の仕事を、それが建築業界の流れと汲んだ金剛組は、不得意ながらも「どうにかして」という思いで請け負うようになったそうです。(4)
金剛組の大工たちは「いつの時代に誰に見られても恥ずかしくない仕事を」という意識を持って、300年後の未来に仕事が評価されることを前提にやってきましたから、その10分の1の尺度で仕事を捉えることは難しく、コンクリートの一般建築のプロジェクトでは、よりよい仕事をするための資材の費用や工期の遅れによる人件費がかさむようになり、経営が圧迫され破産の危機へと追い込まれていきました。
コンクリートの世界に宮大工のルールは通用しない。
「自力では再建できない」と弁護士から最後通達を突きつけられた金剛組でしたが、最終的に、同じ大阪という拠点で同じ銀行と取引をしていた高松建設が「金剛組を潰したら、大阪の恥や!」と奮い立って支援を承諾してくれたこと、さらに銀行が債権を放棄してくれたことなどにより、倒産をまぬかれ、公的な支援を受けない再建の方法を選ぶことができ、現在もその歴史を紡ぎ続けています。
当時の当主であった第三九代の金剛利隆氏は、著書「創業一四〇〇年-世界最古の会社に受け継がれる一六の教え」の中で、第三二代金剛喜定が遺した遺言状に記載されている「なにごとも、不相応な場席には立ち寄らないよう心得なさい」という言葉を思い出し、「私は身の丈に合わない首ばかりを伸ばしてしまった」と当時の行動を省みた上で、金剛組の進むべき道筋を次のように定めました。(5)
「宮大工なくして金剛組はない。社寺建築こそ金剛組の原点である。」
1400年の歴史があっても、転落するのに数年とかからない。
その遺言状には全部で16の教えが書かれていましたが、そのひとつ、「御殿ならびに武家のことは深く考えなくともよい。その主人の好みに従うこと」という言葉は、昔、現代よりもはるかに大きな権力を持っていた社寺に関わる宮大工の仕事において、政治的なことを考えずにいれば、栄枯盛衰に左右されることなく、大工は大工の仕事に精を出すことができるということを伝えていました。
1998年の時点で、金剛組の売り上げにおいても6割から7割がコンクリートを主体とした建築だったといいますから、コンクリートの建築が進み、どんどん出番が失われていく中で社寺建築だけで生き残ろうとするというのは、確かに難しい選択のように見えたのかもしれません。
時代の栄枯盛衰にかかわってしまえば、徐々に自分の仕事はできなくなっていく。
しかし、宮大工として出直してからの金剛組は、「どうしても金剛組でやりたい」という長年の信頼関係にあるお寺の住職や、破産を感じながらも「金剛組を支えていくのがワシらの役目」と言い一人も辞めなかった宮大工の棟梁たち、さらに、1400年以上にわたりつきあいのある四天王寺などに囲まれ、「大工は大工の仕事に精を出す」という遺言の教えを守ることができています。
その大工の仕事について金剛利隆氏は、「大工の技術とは『切る』『掘る』『削る』の三つだけです」と述べていますが、その技術に宿す根底にある精神を極め、それに不相応な仕事を見極めておくことで、会社は競争やシェア争いから逃れて長く存続することができるものなのではないでしょうか。(6)
時代の変化によって大工の役目は変わっていくが、大工の仕事事態は変わらない。
とはいえ、倒産間近であった金剛組が宮大工として世間にすんなりと受け入れられたというわけではなく、昔からの工事内容や職人は引き継がれていくということなどを、得意先だけではなく新しい社寺にも営業を増やして何度も訪問して説明し、50名以上の檀家を前にして質問に答えることも度々あったと言います。
この正直に丁寧に説明をしたことは、信頼関係を築くきっかけを与え金剛組の危機を救った大きな要因となり、第三十二代の遺言状にも「すべての取引先に対して公平に正直に対応しなさい」という教えがあると言いますが、仕事の精神を関係者すべてに正直に伝え続ければ、金剛組が現代社会の大半とは違うスピードや質の高さなどを追求していることを説得できたように、その仕事の価値が世間の常識とは異なるものであろうとも、相手の心の中に根付かせることができるのかもしれません。
質問に対して公平に対応し、正直に説明を重ねる。
今から約500年前の室町時代に創業した和菓子の虎屋は、「不器用なまでに真面目にものを作っている」という製造の姿勢にこだわっているといい、そういった基本的な姿勢や考え方は15か条からなる「掟書」という教えに残されているそうです。
虎屋の十七代当主黒川光博氏は、長く日持ちする食品が王道となっている食品市場において、営業的にいえば5日間よりも長く日持ちするほうが売りやすくはなるといえども、添加物を入れてまで日持ちさせるくらいであれば添加物を入れずに日持ちさせる努力を続けるほうを選ぶと言い、お客様には、そういう信念や苦労、思い入れなどを説明すれば納得していただけると考えていると語りました。(7)
不器用なまでに真面目に作る、そして、その心を説明する。
金剛利隆氏が「常に偏らないでいることほど難しいものはありません」と述べているように、1400年受け継がれてきた会社であっても知らずと流されてしまうほど情勢の力は強いもので、業界紙から楽天のランキングまで、トレンド情報は手に入りやすく、売れ筋と呼ばれるものに関わることで利益を上げて未来につなげようと期待してしまいますが、実際は大切にしてきた仕事の本質から外れることと紙一重です。
昨今では「イノベーション」が合言葉のようになっており、多くの企業が過去からの脱却を試みていますが、「老舗の流儀 虎屋とエルメス」の中で、虎屋の黒川氏は、「ここ数年、私は″革新″という言葉を使わないことにしています」と言い切り、それに対して前出のエルメス本社元副社長の齋藤氏が大きく賛同していたというエピソードがありました。(8)
イノベーションばかり夢見ていると、時にどんどん深みにハマっていくだけ。
弥生時代から千年以上の歴史を誇り、日本刀の元となる玉鋼を生み出してきた「たたら製鉄」は、富国強兵が掲げられた戦時中、いくら良質の鉄とはいえど、家内工業程度の規模のたたらの製鉄方法では、鉄道や艦船、そして兵器のために増大する鉄の需要に応えられないとして、巨大な高炉による製法に取って代わられ、一度歴史から消滅しています。
戦後30年を経て日本刀を文化として保存するため、たたら製鉄は復活しましたが、原料が砂鉄と木炭というシンプルな素材だからこそ、情報だけで存続させることは不可能で、「村下」と呼ばれるたたらの職人の体に叩き込まれた素材の選定方法や炎の見方、鉄が生まれる声の聞き分け方、そしてたたらのしきたりなどを受け継ぐ担い手が必要であり、復活当時74歳の最後の村下から引き継いで国に「玉鋼製造」の選定保存技術保持者に認定された木原明氏は、「たたらとは、まさしく人間の力によって鉄をつくり出すことなんだな」と語りました。 (9)
人間によってつくり出される仕事をしている、という実感は現代ではなかなか味わうことができない。
成長が前提で日本がGDP世界二位の時代なら、株主目線で数値化されたわかりやすい物差しで企業の価値を計ることができたのかもしれませんが、経済が成長しきってしまった今、企業は数字の呪縛を自分で解かない限り、「シェア争い」という敵がいることが前提の場所にしか居場所を見つけることができません。数字で計る既存のシステムには必ず淘汰されるものが出るという罠に気づき、金剛組のような多くの企業は、仕事にこめる精神を次世代につなげ、世間を説得し、寿命を延ばしてきました。
これ以上成長できない市場に残るということは、淘汰される番を待つということ。
不本意ながらも「どうにかして」と消耗しながら進めているプロジェクトがあるならば、それは対外的な数字やシェア争いに引っ張られて動いてしまっただけの会社の足かせとなる仕事なのかもしれませんし、ここまで支えてくれた顧客や社員を前に、正直に説明できる仕事ができているのかを考えてみる必要があるのかもしれません。
「数値だけではわからない価値を、どう創って伝えていくかこそが問われていく」というのは前出の齋藤氏の言葉ですが、時流に合わず数字で表明できなくても、会社が大切にしてきた仕事を正直に説明し続けることができれば、それは会社の規模を倍に膨らませることはできなくても、会社の寿命を倍にすることにつながるのではないでしょうか。(10)
~人が生きる奇蹟の組織創造を目指して~
ビジョン経営を実現する 株式会社ワールドユーアカデミー
(1)張燕「ジャック・マー アリババの経営哲学」 (2014年、ディスカヴァー・トゥエンティワン) p278
(2)黒川 光博、齋藤 峰明「老舗の流儀 虎屋とエルメス」(2016年、新潮社)p185
(3)武井 一喜「同族経営はなぜ3代で潰れるのか? ファミリービジネス経営論」(2014年、クロスメディア・パブリッシング インプレス)p29
(4)金剛 利隆「創業一四〇〇年-世界最古の会社に受け継がれる一六の教え」(2013年、ダイヤモンド社)pp122‐5
(5)金剛 利隆「創業一四〇〇年-世界最古の会社に受け継がれる一六の教え」(2013年、ダイヤモンド社)p156
(6)金剛 利隆「創業一四〇〇年-世界最古の会社に受け継がれる一六の教え」(2013年、ダイヤモンド社)p37
(7)黒川 光博、齋藤 峰明 「老舗の流儀 虎屋とエルメス」(2016年、新潮社)p92
(8)黒川 光博、齋藤 峰明 「老舗の流儀 虎屋とエルメス」(2016年、新潮社)p220
(9)NHK「プロジェクトX」制作班「千年の秘技 たたら製鉄 復活への炎 ―次代への胎動 プロジェクトX~挑戦者たち~」(2012年、NHK出版)Kindle
(10)黒川 光博、齋藤 峰明 「老舗の流儀 虎屋とエルメス」(2016年、新潮社)p185
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