「一緒に」と言うだけで1.5倍も頑張れる。頭の80%を占めるネガティブな考えを追い出す「言霊」の力。

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2008年、北京オリンピック直前のレスリング国別対抗戦W杯にて、吉田沙保里選手がアメリカの無名選手に7年ぶりに敗北した際に、今は亡き彼女の父である栄勝さんはこう言ったといいます。

「すぐに実家に帰ってこい。今日悔しくて、明日忘れるバカもいる。明日になっても忘れない悔しさを持ってこい。」

そのときの言葉が、今までのプレーを見直すきっかけとなり、7ヶ月後の北京五輪で金メダルの獲得へと繋がったといい、誰にでも日常の中で言われた何気ない一言や、背中を押してくれた一言など、言葉に力が宿り、その人の人生に深く関わってきた言葉があるのではないでしょうか。

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同じ内容でも、言葉の選び方によって人は大きく変わる

日本に古くから伝わる「言葉を選びなさい」や「言葉を大切にしなさい」という教えは、声に出した言葉が、現実の事象に対してなんらかの影響を与えるという「言霊」という考えからきており、その考えは万葉集の時代にまでも遡るようで、まだ空気を読む習慣がなかった当時の日本では、「言」と「事」は同じに捉えられていたと言います。

昔の日本では、自らの祈願や神を称える心を表す祝詞などを通して口で発した言葉は、神霊のエネルギーと通じあい「言霊」になると信じられており、「言うことがそのまま、すなわち実現する」という言=事という考えは、私たちの祖先が言葉の影響力を深く理解していたことの証と言える一方で、その価値観は時代に応じて変化していき、簡潔、簡単、そして便利さが求められる現代では、言葉がただコミュニケーションの道具感覚で使われてしまっている傾向が強く、デジタル化が進む事で私たちの口から発され、直接耳へ入る機会が減り、言葉への信頼は昔に比べて弱くなっているように思えます。

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言霊が失われた日本のコミュニケーション

ニューヨーク・タイムズのベストセラーリストに17週連続でランクインした「水からの伝言」の著者である江本勝氏が行った実験では、水を入れた瓶を2つ用意し、一つには「ありがとう」と、もう一つには「ばかやろう」と声をかけた後、各水の結晶を見てみると「ありがとう」と声をかけられた水は美しい結晶を作り出し、「ばかやろう」の水には醜い結晶が作られていたようで、人間の体の水分量は約60-65%と言われていることから、この実験を機に言葉と人体に現れる影響の関係性が世界でも注目されるようになりました。

実際、ネガティブな言葉がダイレクトに人に影響を与えることは確かで、ある研究では「ダメ(No)」という文字を見せたあと、血流動態反応を視覚化する機械MRIに通してみてみると、人がストレスを感じたときに出るホルモンが脳で確認でき、このような著しい脳内の科学反応は、「緊張する」、「頭が真っ白になる」や「不安になる」などの感情を引き起こし、脳の機能を鈍らせるという結果も出ています。

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「ありがとう」と声をかけられた水は美しい結晶を作り出す

昔から「病は気(言葉)から」とよく耳にするように、精神腫瘍学によると「ガン宣告」によって患者は将来に希望が持てずに落ち込むようになり、ガン細胞が増殖するのを阻止するナチュラル・キラー細胞の活性が低下することで、ガンに優位な状態に陥ってしまうそうで、ロビン・ウィリアムス主演の映画「パッチ・アダムス」で注目された、自らをピエロドクターと名乗るハンター・アダムス氏は、「人を笑わせる事はどの治療法よりも効果的」という治療方針のもと、気(言葉)から病を治す活動しています。

また、アダムス氏は、彼自身が精神病棟へ入院した際に、笑う事が精神病患者の状態の回復へと繋がっていくのを目の当たりにしたことと、ちょうどその時期にマーティン・ルーサー・キング牧師の「私には夢がある(I have a dream)」の言葉に感銘を受けたことが重なって、のちに自身が医師となってから、経済原則でなく「愛と幸せと平和」という観念をベースとして治療を行うことを決め、12年間無料で診療を行いました。

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病は言葉から「人を笑わせる事はどの治療法よりも効果的」

神経科学者のアンドリュー・ニューバーグ医師と療法士であるマーク・ワルドマン氏の二人が書き下ろしている「言葉があなたの脳を変える(Words can change your brain)」では「簡単な単語が、感情的ストレスを調節する遺伝子の発現に影響する力を持っている」とし、「平和」や「愛」などの肯定的な言葉は、私たちの言語や感情をつかさどる前頭葉の領域を強化し、自身や他人に対して好意的になるなどポジティブな働きをもたらすと言います。

さらに、スタンフォード大学が行った、「一緒に」というポジティブな単語を使って心理的影響力を調べる実験では、被験者を二つのグループに分け、一つのグループにはパズルをする中で『意識的に他のグループメンバーと「一緒に」やっているつもりでする事』と伝え、もう一方には完全に個人でパズルをしてもらった結果、『意識的に仲間と「一緒」に』パズルをした参加者のほうが、48%問題解決に費やす時間が長く、粘り強く取り組む事ができ、記憶力もよかった事が明らかになりました。

このような言葉がもつ心理的影響力を考えると、2008年大統領選挙勝利演説の場でのオバマ大統領の有名なスピーチ「私たちはできる(Yes We Can)」で、あえて「あなた(You)」ではなく「We」を使って「一緒に」という意思を示したことで、多くの国民の心を動かした事も説明がつきます。

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脳が「一緒に」という言葉に鋭く反応する

東京大学大学院教授でスポーツ科学の第一人者である深代千之教授は、今では応援の代名詞ともなっている松岡修造氏に、日本人が100メートル走で10秒を切る為の3つの条件は、風を含めた現場のコンディション、当人の体調のコンディション、そして最後の一つが「観客からの応援の力」だと語っており、選手の張り詰めた緊張感とプレッシャーは、応援を受けると集中力が極限まで高まり、周囲の景色や音が意識から消える状態に入るようで、心を共にしている人々の言葉によって自身の持っている以上の奇跡に近い力を発揮させることが可能だと言います。(1)

そもそも一般的に人間は、日常考えることのうち80%がネガティブな事であると言われている為、松岡修造氏はあるオリンピックで「タメ息禁止」「言い訳禁止」という文字をデカデカと書いてブースに貼ったといい、応援には伝染してしまうタメ息やマイナスな発言を断ち切ると、言葉でプラスに状況を導く力が働くようです。

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スポーツ選手は観客の言葉によって自身の持っている以上の奇跡に近い力を発揮させる

また、世界には言葉の力を直に利用したユニークなビジネス理念が存在しており、例えばバングラデシュで1974年に飢餓があった際に、少額を無担保、低金利、短期間で貸し出すマイクロファイナンス機関「グラミン銀行」が設立され、融資の上に、生活の質の向上を促す活動を組み込んだグラミン銀行のシステムは、「16の決意」と呼ばれる価値観の基に成立っているようです。

グラミン銀行でお金を借りた人はグラミンのメンバーとなり、「一年中野菜を育てる」「子供と環境を清潔にする」「子供を学校へ通わす」を含む「16の決意」を毎日グループで暗唱し、その条項には一切お金の返済方法などの教えは含まれていないのにも関わらず、毎日復唱するルールが採用されてからというもの、返済率は97%を超えているだけではなく、5,000万人以上の借り手の半分以上が清潔な水を飲み、一日3食の食事をし、学齢に達した子供を学校へと入学させるようになり、決意を口にする習慣を通じて人々の行動が変わっていきました。

サービスを通じて言葉を渡し、生活の質を向上させるというシステムによって、貧困社会に変革を起こすことに成功したグラミン銀行は、2006年にノーベル平和賞を受賞した世界で唯一の企業となり、今では40ヵ国以上で類似のプロジェクトがなされており、世界でもこのようなサービス業は徐々に注目をあつめています。

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言葉を毎日復唱しただけで、人々はここまで変わる

その他にもイギリスのヴァージン・グループは、世界の貧困や環境問題へ取り組む為に、最大限のポジティブな影響を与える事業計画を策定しましたが、この新事業を支える理念の基盤は、「日頃からポジティブな言葉を積極的に考えて使う事で、取り巻く状況はポジティブに転換するものだ」からきているそうです。

実際、創業者であるリチャード・ブランソン氏は、普段から「疲れた」と言わずに「休憩するのが楽しみだ」と変換してみたり、「○○するな!」ではなく「○○してもらう方が嬉しい!」などと楽しみながら少し言い方を工夫することで、自ら言葉の力を試す実践をしているそうです。また、言葉や情報の移動距離は以前に比べてはるかに伸びた事で、私たちの発言はより遠くの見えない相手に届くようになり、自らの発言の影響力やそれに伴う責任はますます高くなり始め、現代人が持つ言葉に対する「コミュニケーションツール」という観念と、実際言葉が私たちにもたらす影響は、比例しなくなってきているように思えます。

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ただ思ったことを発するのではなく、言葉はクリエイティブに考えて口から外に出す

私たちの脳は常日頃から耳にしている言葉に、無意識のうちに影響を受けるようにプログラミングされているにも関わらず、残念ながら現代社会のあり方からなのか、言葉の多くは口から発されることなくデジタル化され届けられています。

その昔に信じられていた言霊の力のように、世の中には物事をスムーズに運んでくれる言葉、奇跡を起こす言葉、逆に人を傷つけてしまう言葉など様々な言葉が存在しますが、なんの意味も篭っていない空っぽの言葉をただのツールとして使うだけではなく、昔のように良き言葉を選び、自身の口を通じて届けるスキルを学び直す事が、より良い社会への鍵へとなるように思えます。

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参考)(1) 松岡修造「応援する力」(朝日新書、2013年)p.408

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