- 2016-8-17
- コラム
イチローの直感力「僕のことを天才なんていう言葉で片付けて欲しくない、僕がどれだけ努力していることか。」
リサーチ会社ACIが発表した調査によると、現在この世界ではたった1分の間にフェイスブックでは250万、ツイッターでは30万、そしてユーチューブでは72時間分の文字や映像などの情報がインターネット上にばら撒かれ、私たちが一生をかけても処理できないほどの膨大な情報がたった数分の間で生まれています。
さらに、世界中で販売されているスマートフォンの平均価格は、スマホ元年と呼ばれる2007年の約36,000円から2014年時点で約26,000円程度にまで下落しており、時代が進めば進むにつれて、世界中の人々が簡単にインターネットにアクセスする環境が整いつつあります。(1)
そのため、情報を発信する人の数はこの先ますます増えていくことが予想され、この爆発的な情報増加の波に飲み込まれることで、今後さらに私たちは何が正しくて、何を信じるべきなのかも見失っていってしまうことになるかもしれません。
一生かけても消費できないような情報が、ほんの数分間のうちに毎日生み出されている
ネットの海は玉石混淆(ぎょくせきこんこう)で、検索をかければ政府機関のサイトも個人のサイトも同じように上がってきますし、さらに近年、まとめサイトなどが流行り始め、それが信じられるものなのかどうかは別として、ファーストフード感覚でとにかく安く早く情報を手に入れることを選ぶ人も増え、クリエイターの高城剛氏はそういった人たちのことを、必要以上に情報を蓄えて情報のカロリーオーバーをしている「情報デブ」と揶揄しています。
心理学者の児玉光雄氏はこうした抱えきれない膨大な情報や信頼できない情報に対抗できるのは私たちの「直感」であると言及し、コンピュータは数式などのロジック(論理)がないと統計や確率を導き出すことが出来ませんが、私たち人間はそのようなロジックが無くても、過去の抽象的なイメージから、ビジネスや投資などの数値化できない決断を素早く下したり、物事の本質的な価値を測ることができると述べています。(2)
経験を通じてではなく、「情報」を通じて分かったつもりになっている人がどんどん増えている
実際に、行動経済学者であり財務コンサルタントとしても活躍しているリチャード・ピーターソン(Richard Peterson)氏によると、ビジネスや投資の世界ではコンピュータのデータを使って、論理的・客観的に分析が行われますが、正確な統計や確率を出したとしても、この世界は本来不完全で不確実要素が多いため、分析に分析を重ねた後に最終的な手がかりとなるのは、上手く言葉で表現できない人間の直感だと言います。(3)
「女性の直感」などと聞くと、その人は自分にはない何か凄い能力を持っているように思えてしまいますが、TEDトークで絶大的な人気を誇るマーケティング・コンサルタントのサイモン・シネック(Simon Sinek)氏によれば、一見、ズバリズバリと本質をつく魔法のような直感は、実際のところ、今までに蓄えられた知識や経験を瞬時に引き出すことができる能力に過ぎず、直感力を高めるには、とにかく自分が力を発揮したい分野の知識や経験を蓄えていくしかありません。(4)(5)
直感は正しいがそれを見つけるためには、とにかく経験と知識をストックし続けなければならない
一方で、大抵の人は「最小努力の法則」に従って行動しており、目標を達成するのに複数の方法が存在する場合、最も少ない努力で済む方法を選ぼうとするため、スキルや情報を得るのにも、できるだけコストを減らそうとしてしまいますが、ただ単に余裕でこなせる課題で成功体験を積み重ねるだけでは直観力は高まらないと言われています。
数々の経営論に関する著書を執筆し、経営コンサルタントとしても活躍している浜口隆則氏は著書「成功と継続 社長の仕事」の中で、瞬時の判断をするための瞬発力は日々の地道なサイクルの中で養われるものであって、近道は存在しないとして次のように述べました。(6)
「誰もが上手くいくなんてそんな都合の良い法則なんてない。あるとすれば、『①考える→②気づく→③改良する→④失敗する→①考える…』の法則だけで、成功者は例外なくこのサイクルを繰り返しているだけだ。」
直感力が身につくプロセスは人それぞれ違う、ただ、地道なサイクルをひたすら繰り返すだけ
さらに、マルコム・グラッドウェル(Malcolm Gradwell)氏のベストセラー「天才! 成功する人々の法則」で有名になった「1万時間の法則」というものがありますが、ニューヨーク・タイムズなどに寄稿しているジャーナリストのジョシュア・フォア(Joshua Foer)氏によると、直感が鋭いと言われているスポーツ選手、消防士、そして将棋名人などは少なくとも1万時間という大量の時間をトレーニングや訓練に費やしており、この1万時間という訓練があるからこそ、瞬時に大量の情報の中から適切なピースを引き出すことができると述べています。(7)
1万時間の訓練を積み重ねるには、1日10時間を費やしても約3年かかると言われており、そもそも人間の体は1日10時間も集中して作業できるようにはなっていないので、実際のところ、1万時間の訓練や経験を重ね、物事を瞬時に判断することができる直感力を身につけるためには、相当の時間と労力を要することは間違いありません。
本質を見極めるものは、圧倒的な時間によってしか生み出されない
将棋棋士としてトップに君臨し続けている羽生善治氏は、子供の頃から毎週土曜日に道場で将棋を打ち、残りの6日間は将棋の本を何時間も読むのと同時に、自宅で新聞の将棋欄を見ては、一人で将棋盤に駒を並べることで何万、何十万通りという選択肢のパターンを経験し、日々の練習で培った知識を基に自分よりもレベルの高い棋士との実践を積み重ねてきたと言います。(8)
羽生善治氏によると、将棋には一つの場面で約80通りの可能性が存在するため、羽生氏はその中から直感によって2つ、あるいは3つの最も確実性の高い可能性に絞り込むことができるのだそうです。
直感力で80通りもあるパターンの中から、最適なものを選び出す
そして、残りの77、78通りの選択肢のうちの9割以上は、過去の経験から使えない手だと瞬時に見切ることができると言い、将棋の世界には、「長考に好手なし」という言葉もあるように、迷わないかどうかは調子がよいかどうかのバロメーターでもあり、著著「直観力」の中で次のように語っています。
「自分の選択、決断を信じてその他を見ないことができる、惑わされないという意志。それはまさしく直感のひとつのかたちだろう。」
数多い判断材料の中から、どれだけ確実なものを瞬時に選び出すか
さらに、一日に10〜20冊の本に目を通す大の読書家として知られているメンタリストのDAIGO氏は、幼少期から多くの本を読むことで人間について学び、電車に乗っている時でさえも、周囲の人々の表情を見て、彼らの感情を読み取る訓練を重ねていたため、今では数分間、誰かと会話を交わすだけで、いちいち頭の中で思考を凝らさずとも、瞬時にその人が何を感じているのかが手に取るようにわかるそうです。
DAIGO氏によると、口の周りの筋肉がキュッと閉まっている時には、相手は話をもう聞きたくないと感じているため、そんな時には話題を全く別のものに変えたり、逆に口周りの筋肉がリラックスしている場合には相手が自分に関心があることを示すことから、多少喋り続けても問題ないということが分かると述べています。
商談の場でいちいち考えている暇はない、直感力で瞬時に確実な判断を下す
マイクロソフトの創始者ビル・ゲイツ(Bill Gates)氏は、中学2年生の時に初めてコンピュータに触れて以来、ハーバード大学を中退するまで毎日8時間以上をコンピュータ開発に費やしたと言われており、1万時間の法則について次のように述べました。
「『一つのことに1万時間費やせばその分野にずば抜けて強くなる』という人もいるが、私はそんなに単純だとは思わない。実際には50時間を費やした後90パーセントが好きになれない、向いていないと言う理由で脱落する。そしてさらに50時間費やした人の90パーセントが諦める。1万時間費やした人は、ただ1万時間費やした人ではない。自分で選び、さまざまな過程の中で『選ばれた人』なんだ。」
直感力を身に付けた人こそ、『選ばれた人』
また、天才バッターとして知られるイチローが雑誌のインタビューの中で、今までに何十万回と重ねてきた素振り、独自の打撃法、そして柔軟な筋肉を作る特殊なトレーニングなどを振り返り、「僕のことを天才なんていう言葉で片付けて欲しくない。僕がどれだけ努力していることか」と語っていたように、直感の恩恵を受け、大成功を収めてきた天才と言われるような人々は実際のところ、「泥臭い訓練を繰り返し重ねる天才」であっただけなのかもしれません。
イチロー「僕のことを天才なんていう言葉で片付けて欲しくない」
私たちが生きる現代社会では「直感」というと、単なる当てずっぽうと揶揄され周囲から信用を得ることが難しく、私たちは何かに成功したら「どのように成功したか」を論理立てて説明する必要があり、「直感的に理解した」というのは理解していないのと同じだとみなされるため、物事を論理的に説明することが大切だと思い込まされてきました。
しかし、情報の世界が日々膨張し続け、たとえ人工知能やアルゴリズムによって最善の答えを見つけ出すことができるようになったとしても、その手法が一般的となった時に答えに差をつけることができるのは、人間の直感でしかないのかもしれません。
直感が考えることを放棄した証となるのか、あるいは瞬時に悪いことを見切って正しい方向を示すコンパスとなるのかは、私たちが手軽さに惑わされずに昨日よりも少し難しいことを学ぼうと一歩踏み出せるかどうかにかかっているのではないでしょうか。
~人が生きる奇蹟の組織創造を目指して~ 株式会社ワールドユーアカデミー
(1)東洋経済編集部「週刊東洋経済2014年9月20号」(東洋経済新報社、2014年)P85 (2)児玉光雄「一流をつくる『直感力』トレーニング」(フォレスト出版、2012年)P29 (3)リチャード・L・ピーターソン「脳とトレード:『儲かる脳』の作り方と鍛え方」(パンローリング、2011年) (4) ダニエル・カーネマン「ファスト&スロー(下) あなたの意思はどのように決まるか?」(早川書房、2014年)P264 (5) リン・A・ロビンソン「人生のすべてを決める鋭い『直感力』―問題解決の“最強のツール”が身につく本!」(三笠書房、2008年)P21 (6) 浜口隆則「成功と継続 社長の仕事」(かんき出版、2011年)P43 (7) ダニエル・カーネマン「ファスト&スロー(下) あなたの意思はどのように決まるか?」(早川書房、2014年)P290 (8) 羽生喜治「直感力」(PHP研究所、2012年)P1534
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