幼少時代からの「闇」を超えて
共に歩める兄や仲間に出会えた感謝

Pocket

平成16年3月大学を卒業した私は、父が3代目を務める京橋白木株式会社に入社しました。
先に入社していた兄が本社勤務だったため、私は営業所兼倉庫勤務になりました。
子供のころから夏休みなど事あるごとに手伝いと言う名目で連れて行かれ、倉庫の奥で兄と遊んだ場所でした。

4人兄妹の末っ子として生まれ、上の姉2人とは年の差もあったため、可愛がられて育ちました。
待望の長男として生まれた3才差の兄とは兄弟喧嘩もしょっちゅうでしたが、仲の良い兄弟で兄の後ろについてよく遊びに出かけました。

格闘技好きな父の勧めもあって兄弟で習い始めた柔道。
通い始めた道場に行きたくない兄は私だけ行くと親に叱られるため、私にも休めと無理やり休ませ、そのまま休みがちとなったため一度退会しました。
昔から兄は奔放で、そんな兄を見て育ったため叱られないようにして過ごしてきたところがあります。

その後、兄が中学生になると父親に柔道部に入るよう説得され嫌々入部。
それを見ていた私は自分が何もしなければ、ますます兄弟喧嘩に勝てなくなると思い再度習い始めました。
その時は辞めてまた戻るのが恥ずかしいのもあり、父の取引先の方が教える道場が赤坂見附にあった道場に、駅周辺に止まっている黒塗りの車を横目に一人で通い始めました。

 

 

柔道を始めてちょうど一年で千葉県優勝。
関東大会でも準優勝など成績を収められるようになりました。
いずれも体重無差別だったため自信にもなりました。

この頃、父は仕事から帰ってくると試合のビデオが擦り切れるまで見てくれていて、もっと頑張ろう、喜んでもらえるんだと嬉しかったと同時に、その頃兄はあまり成績が出ていなかったため自分に注目してもらえる、自分が勝っているという優越感もあったと思います。

どこかで兄は長男・跡継ぎだから贔屓されている、大事にされているんだと思ったり、何でもソツなくこなす兄に対してひがんでいる自分がいたように思います。

思春期でも仲の良い兄弟ではありましたが、柔道で成績を出すようになった兄に対して、私は周りの期待ほど成績を出せなくなっていたこともあり、どこかでまた自分に注目してもらいたいという気持ちを持っていたかもしれません。

大学卒業も近くなり柔道に携わりたいと教員への道を考えていた私に、父親は卒業したらすぐ会社に入るよう言いました。
部活も引退し、家にいる時間が多くなりましたが、この頃の父は体調を崩していて会社に行かなくなっていました。

なかなか決まらずにいた教員への道を諦め、入社することにきめた私は、卒業前から少しでも頭に入れておくよう、帳簿などを渡され自宅で毎日眺めていました。
会社に行かない父親は毎日電話で会社の銀行残高をチェックするのが日課で、何も知らない私は会社がどんな状況なのか全く知る由もありませんでした。

4月まで待つことなく、卒業式を終えるとすぐに入社しました。
毎日狭い倉庫で荷物を上げては下ろし、手書きの伝票をチェックするのが日課でした。
そんな毎日を過ごす中で、ある日兄が社員を集めて初めて作ったA4判の経営計画書を配り、売上を10億円にすると言いましたが、僕を含めて誰もが無理だと思って聞いていました。

それでも、兄である社長が先頭に立って新規開拓をしていったことが大きく、売上は伸びていきました。
一見すると若い社長が頑張って順調に伸びていたので、外から見れば良い会社と思われていたようでした。
しかし社内の雰囲気は良くなるわけではなく、辞めていく人が続きました。

 

 

当時は拠点が分かれていたため、社長は本社で私は営業所に常駐していました。
社長は新規事業のためグループ会社を作ると、本業はあまり見なくなりました。
たまに営業所に来ては何か文句を言われるため、私も来てほしくないと思っていて、社員も何か言われるんじゃないかと顔を合わさないようにしていたと思います。

社員から何か相談があるときは私か幹部の萩原に来ますが、良くない情報はすぐに報告せず、機嫌の良いときにしようとタイミングを伺っていました。
逆に私が本社に行くと営業同士で仕事以外のことを話すこともなく、黙々とパソコンに向かっていました。

事務所は居心地の悪い場所でした。

事務所は居心地の悪い場所でした。

デスクが社長の近くだった幹部の萩原も静かにしていました。
当時は私と萩原の接点も少なく、事務所は嫌な緊張感があり居心地の悪い場所でした。

いつからか採用を任された私は、自分の感覚で採用を決めていましたが、欠員が出れば補充するといった状態で、社長も私も3年もいてくれれば十分だという感じで諦めていました。

人が辞める度に社内の雰囲気は悪くなり、社員から「話があるんです」と言われる度に、また辞めるのかとドキドキしていました。自分で採用を決めているのに、その人から辞めたいと言われるのが本当は辛くて、何もできないことに
情けなくなりましたが、どうしていいか分からないという状態でした。
退職の話が出る度にイライラした社長が自分に当ってくるのも嫌で、採用なんかやりたくないと思うことばかりでした。

 

 

たぶん社長も何とか会社を変えたいと思ったのでしょう。
自分で調べて、一人で学んでいましたが、いくら知識や仕組みが増えても社員との距離感は変わりませんでした。

受け売りの知識を武器に上から指示が降ってくるのですが、それは知識が飛んでくるだけで、閉じた心には届かないし、空気が重く淀んでいくばかりです。

そして思うように社員が動かない現実に、社長のイライラや怒り孤独が拡がるばかりで、心の距離は埋まりません。

対応策が見つからず、あきらめる事しか心を納得させる術がなくなった頃、社長から「社員は信頼できない」「割り切った方がいい」と言われ、私も社員にプライベートの話など控え、どこかで疑って接するようにしていました。
その後も同様のことは相次ぎ、人は離れていきましたが、どうすることも出来ずにいました。

コミュニケーションを取ってみようとしても、他愛もないことを話すだけで大きな変化などありませんでした。
今となればうわべだけのコミュニケーションだったと分かりますが、当時は何をしたらいいのか分からず社員の気持ちに寄り添うこともなく、心の繋がりということを全く考えていませんでした。

社長と私も良い関係と言えるものではなく、これ以上耐えられない、もう辞めようと思ったことは数知れず。
いま振り返ってみると、当時の社長は社員に関わろうとすることはなく、本当は来ることも嫌で会社が嫌いだったんじゃないかと思います。

本業を避けるように新規事業で関わる人と仲良くなり、毎日のように飲み歩き、会社にいる時間も少なくなりました。
そんな勝手な社長と、力を合わせてやる必要なんてあるのか?と考えたりしていました。

それでも私が辞めなかった理由は、ただ先祖から受け継いだ会社があり、そのおかげで自分が育ててもらったから、恩返ししなくてはという使命感のようなものがあったから。
社員に創業家なのに逃げだしたと思われたくない。
自分が我慢すればいいんだ、と自分を押し込むことで毎日を送っていました。

 

 

いつまでこんな事を続ければいいんだろう、結局は自由なんて程遠く、このままでは人生を、一生楽しむことなんて出来ないという黒くて重いような想いは常にどこかにありました。

そんな社長が様々なコンサルの話を聞きに行ったり、MBA取得を目指すなど迷走している中、ご縁がありワールドユーと出会いました。
社内の共有スケジュールには毎月2日間、“WU”の文字がありました。

その頃は、また何か新しい事をやりはじめたな、ぐらいしか認識していませんでした。
特に何も期待していません。

それでも毎月社長が、ワールドユーに通いだしてから何か違うなと思ったのは、毎月の研修から戻ってきたときに今までより柔らかい印象を受けたことです。
心にゆとりがあるような感じで、人の失敗に対して刺々しい態度で接したりすることが減りました。
それでも翌月の研修までに段々戻っていくのが目に見えて分かるので、萩原と毎月でなく毎週言ってくれればいいのにと話した事もありました。

数ヵ月遅れで自分が行き、その後萩原も通い始め、幹部3人が学ぶことで少しずつではありますが明らかに社長との関係性は変わってきました。

 

 

初めて3人で受講したメタコミュニケーションでは、お互いの違いを理解できるようになりました。
今までは兄弟なのに言っていることが通じない、考えてることが分からないということが多々あり、お互いのストレスになっていましたが、違いを理解することでそれまでのように余計なストレスを感じずに済むようになりました。

 

 

どうやら私と兄である社長とは、思考スタイルが正反対の部分があるようで、それを知る事で、何考えているのか分からなかった社長から、なんだこういう風に考えていたんだ。と社長への理解が深まりこんなもんだと、あきらめていた暗闇から抜け出す方法を手に入れたような感じです。

 

 

もしかしたら理解しあえるかもしれない、話せば通じるかもしれないという体験経験を積み重ねて行くうちに、私もこれまでは社長の言ったことをただやるだけ、受けるだけでしたが、自然にこれからどうなっていきたいのか、どんな会社・チームにしたいのかを考えるようになりました。
幹部3人で話していても今までのピリピリした空気が柔らかくなり、今までは言いにくかったこと、言うのをやめていたことも本当に少しずつですが言えるようになってきました。

チームビルディング研修では、屋久島のモッチョム岳を登りました。

 

 

険しい山道を自分のペースで進む中、いつしか遅れ始める仲間を気遣い、声を掛け合いながら一歩一歩を大切に登っては下り、下っては登るということを繰り返し、山頂に辿り着いたときには本当に素晴らしい景色を見ることができました。

 

 

助け合い喜び会える。チームで感動を共有したいと思った。

助け合い喜び会える。チームで感動を共有したいと思った。

また、自分自身と向き合う統合ワークではこれまでの自分が選択し、蓋をしてきたことに真剣に向き合い深く内省内観をすることで、幼少時代から抱いていた闇に気付くことが出来ました。
誰にも言えなかったし、思ってもいけないと、長い間蓋をしてきたので、この蓋を開けるには、とても自分一人では出来なかったと思います。

 屋久島の自然に抱かれて静かに深く自分をみつめる

屋久島の自然に抱かれて静かに深く自分をみつめる

そういえば今回、社長が先に内省内観に行って、帰る途中の仲間達3人と今から向かう私と、鹿児島空港で、ばったり会ってしまったのですが、3人ともキラキラと笑顔がまぶしく、青空のように晴れ渡ったすっきりとした兄に「よう。楽しんでこいよ!」なんて言われて、本当に何がおこるんだろうと思っていました。

 一緒に学ぶ仲間が居たから素直に向き合えた

一緒に学ぶ仲間が居たから素直に向き合えた

覚悟を決めて私も参加してみて、一緒に学んで来た仲間や、みんな真剣に自分と向き合う姿に励まされ、勇気をもらい、素直な気持ちで過去の自分と向き合えたように思います。

そこで見つけたのは、父は兄と自分に対しての想いが違うんじゃないかという思い込みです。
その気持ちが少しずつ積み重ねるにつれ、いつの間にか兄に対して憎しみや、ひがみ、劣等感などを持っていました。

家族だからこそそんな気持ちはない、そんなことを言ってはいけないと蓋をして隠そうとしていましたが、これまでの自分を作ってきたのも事実です。

しかし、それに気付き解放できた時に不思議なほど今までのネガティブな気持ちが消え、太陽のようにあたたかい光に照らされるような感覚があり、感謝と優しさに変わりました。

感謝と優しさに包まれた

感謝と優しさに包まれた

屋久島の大きな自然の中で自分と向き合い、兄との関係性も改善することができました。
これがなければいつまでも腹の奥底に闇を抱えたままで、本当に兄弟力を合わせてやっていこうという気持ちになれなかったかもしれません。

兄へ感謝がひろがった屋久島。兄弟で力をあわせていこう!

兄へ感謝がひろがった屋久島。兄弟で力をあわせていこう!

そして私たち幹部3人が、信頼という絆で結ばれ穏やかな空気が拡がってきたのか、社員との関係も良くなってきたことを実感せずにはいられない事が次々に起こってきました。

今までどうしたらいいか分からず、続いていた退職者が出なくなったことです。15年でほぼ入れ替わっていた社員が、やめなくなったのです。

今振り返って、一番の大きな変化は、「社員は信頼できない、割り切った方がよい」という考え方をバージョンアップ出来たことです。

社員を本当に信頼できる仲間として、一緒に歩んでいきたい、成長していきたいと感じられるようになりました。

最近では社員から「前職で同じだった人が仕事を探しているから紹介したい」と言ってくれる様になり、新たに何人も仲間になってくれました。
自分の会社を仲間に紹介してくれるのは、本当に嬉しいことです。
そういう形で一緒に歩んでいく仲間は心強く、みんなで一緒に成長していきたいとより一層感じさせてくれます。
そんな仲間の輪を拡げていきたいと思います。

家族のように大切な仲間。みんなで一緒に成長していきたい。

家族のように大切な仲間。みんなで一緒に成長していきたい。

今までは誰かから聞いた言葉、気持ちのこもってない言葉で接していましたが、やっと自分の心と一致した言葉で話せるようになってきたのかなと思います。
いくら口では信じてる、大丈夫、と言っていても心では本気で思っていなかったことが分かりました。
思ってもいない言葉では通じるはずがなかったと思い知りました。

ただ一緒に仕事をしているだけの関係ではなく、本当の仲間でありチームのメンバーに心から寄り添うように接し、信頼してお互いに助け合うことの大切さは、チームの変化を通じて痛感しました。
そして、チームとして取り組んでいることがとても楽しいものになりました。

1人では出来なくても同じ想いを共有したチームであれば、勇気をもってしっかりと進んでいくことが出来ると感じています。

これからは一緒に働く仲間はもちろん、飲食業界に携わる者として物販に終始するのではなく、飲食現場で働く人のコミュニティ作りなど一緒に成長していける幸せな場を作っていくことをしていきたいと思っています。

食を提供する側が元気に生きいきとすることで、エネルギーに満ちた空間となり、そこに集まる人が元気になりエネルギーが循環していく。
「食」という字の、人を良くする空間作りのお手伝いをし、貢献していきたいと思います。

 

 

共に歩める兄と出逢えた事、仲間、家族、ご縁のある全ての方との繋がりに
感謝しています。



最後まで読んで頂きありがとうございます。
感謝!


いかがでしたでしょうか?

私たちは「考え方をシフト」することで、
幸せな人生を実現したリーダーの事例を、
多くの経営者に広めたいと思っています。

考え方をシフトさせるのは、難しくもあり
易しくもあります。

どんな点がポイントになるのか、
メルマガでお伝えしていますので、
よろしければ、お読みになってみて下さい。

『奇跡の組織を創る』メールマガジン、無料登録はこちら


別の記事を読む → http://blog.world-u.com/

Pocket

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

ワールドユーFacebook

関連記事

ページ上部へ戻る